霧の中をひとり

現在地ロスト

どう責任を取るんだという呪い

私の業界の学会や研究会は,3より大きい数字を数えることができない人がやっているものがほとんどなので,ワイドショーで連日有名人が大騒ぎしていれば裁きの日が近いかのような気持ちになってそのような行動を始めてしまうのも止むを得ない.頭が悪い人を,頭が悪いという理由で責めることはできないように個人的には思っている.あくまでその結果の不適切性の公準において責められるべきであり,その背後にある頭の悪さは,当該の頭の悪い人の責任ではない.とはいえ,明らかにきちんと数字を数えることができ,頭が悪いわけではない人も,それらに混じって大騒ぎを楽しんでいるように見える例もそれなりにある.そうした例のほとんどは,数字によるリスクの評価を超えて,非常事態という祭が好きで,そのただなかにおいて踊り狂うことを熱望していることによると思われる.大してリスクがないのはわかっているが,この祭を楽しむことを選んだということだ.

私の周りには少ないが,リスクの評価がきちんとできて,別に踊る阿呆にならないと損だとも思っていないのに,イベントの中止などの措置をとる人というのもいるだろう.ことここにおいて作動しているのは,あえて大きすぎる主語で述べると,日本人がその前にあらゆる抵抗をやめてしまうひとつの呪いがあるように思う.いわく,「そんなことを言ってもしこのイベントで感染者が出たらどう責任を取るんだ」と,誰からともなく投げかけられる言明である.こう言われたら,その限りなく低い確率において起こる何かが,絶対に起こらないわけではない以上,もし起こった場合の損害は計り知れないので回避行動を取らざるを得ない,という判断に引きずられてしまうのだ.

リスクというのは発生確率と損害の積である.もしある事案の損害が非常に軽微だとしても,非常に頻繁に起こるのならば,そのリスクは大きいので対処しなくてはならない.逆に非常に損害が大きくても,ほとんど起こらないならばリスクは低い.この考え方でいくと,千年に一度起こるか起こらないかの大災害というのは,徐々に発生確率は高まってくるだろうが,当面起こる確率は低いので,それがどんなに大災害をもたらそうが,大きなコストをかけた対策というのはされにくい.明日にでも首都直下型地震が起こる可能性はまったくゼロではないし,起これば間違いなくSF作品のような文明崩壊が訪れるだろうが,それに対する対処はおそまつで,防災マニュアルをなんとなく配ったり,ヘルメットの購入を事業者に呼びかけたり,その程度だ.東海地震の対策は特に愛知県や静岡県が熱心にやっていることで知られているが,それにしたって避難経路や避難場所の確保といった水準であり,壊滅的災害から財産や都市機能を守るという発想はなく,最低限の生命だけを守ろうというものだ.災害対策とはそういうもので,ふつうは都市をまるごと移転するとか,そういうことはしない.

ところが,往々にしてさまざまなリスクの判断が,発生確率の問題を捨象し,損害の大きさだけでなされてしまうことがある.この判断に基づいて,「もし感染者が出たらどう責任を取るんだ」という言明がなされたとして,「いや出ないよ」という反論は有効性を持たない.確かに発生確率は限りなく低いもののゼロではない.そして,その確率の低さにも関わらずもしもその事案が起こってしまったら,損害の大きさそのものというか,その自体を招来したことについて,限りない社会的制裁を受けるであろうことを含めて,絶大な損害を被ることが想像される.この損害の絶大性を前に,発生確率の低さは打ち消されてしまう.損害が無限に大きければ確率がゼロに近くてもリスクは非常に大きいということになるだろう.あるいは,おそらく,この社会的制裁という損害が著しく大きいために,発生確率の低さが無視できてしまう.

このようにして考えると実はリスクは正しく評価されているのかもしれない.損害を物質的あるいは身体的なものに限定せず,社会的なもの,それもとりわけ今回のように,感染者自身が被るのではなくイベント主催者が直接被ることになる社会的制裁という損害を考慮すると,発生確率が低いということを無視できるくらいにリスクが大きくなるということかもしれない.著しく発生確率が低くてもリスクを跳ね上げるもの,それがこの社会に充満し,ことあるごとに投げかけられる「どう責任を取るんだ」という呪いだろう.

しかしながらそうであるならば,大都市直下型地震について「どう責任を取るんだ」という呪いの効力が停止されることには別の説明が必要になる.おそらくそういう,うまく想像できないほど破壊的な災害については,まあ起きないだろうという平常性バイアスの方が優先されるが,謎のウィルスによる肺炎はもう少し想像が容易いので,起こるというほうにバイアスがかかる.天気予報のようなもので,降水確率30%といわれると降りそうな気がするのと同じようなものかもしれない.